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「超小型圧縮機の開発」と「巨大水門崩壊のメカニズム」に迫る

■快適な生活をサポートする圧縮機の研究開発
 私たちの研究室では2つのテーマの研究を進めています。
 第一に『超小型圧縮機の開発』です。みなさんのご家庭にはエアコンや冷蔵庫があることでしょう。そういった機器の心臓部には圧縮機が必ずあり、これが常時働いています。ただ困ったことに、圧縮機が動くとどうしても振動や騒音が発生してしまいます。特に冷蔵庫やエアコンは私たちのごく身近にあって動いている装置ですので、振動や音がでると人間の居住性は大きく失われます。振動や騒音をできるだけ小さくするような圧縮機の設計が望まれているのです。プラス、常時動いているので、電気代をできるだけ少なくしたいですよね(笑)。電気代が少ないというのは性能が良いということであり、省エネルギーであることで環境にも優しいという意味も持ち合わせているということになります。
 そういった性能をもつ圧縮機を開発することを主眼に、企業さんとここ30年来、連携して研究を進めています。その企業さんとは日本を代表する世界的な家電メーカーで大阪に本社をおいておられる巨大メーカさんですけどね、そこから発売されている「スクロール・コンプレッサー」を内蔵した一連の製品が非常に人気が高いと聞いています。
 こうした実際の製品を作り出すための基礎研究を中心とした研究を私たちのほうで手がけてきたのです。その結果が企業にフィードバックされて、素晴らしい家電製品の開発に生かされているのです。このように私たちの大学の研究室では、世の中に役立つ製品開発の基礎を支える多角的な研究を行っているわけです。

■学生結婚が招いた(?)2つの研究テーマ
 こんなことを言うのはちょっと照れるのですが、実は、わたし、学生時代に学生結婚をしましてね。おかげで苦学生だったりしてね(笑)。なんとかアルバイトできないかと考えていると、タイミングよく担当教授からある家電メーカーさんを紹介していただきました。それで、コンプレッサーの研究に入ったわけです。以来、30年以上、この研究を続けています。
 また、大学院で、修士課程の2年間を終えた時期に、ドクターコースに行きたくなったんです。ただ、ドクターに進むに際して、コンプレッサーの研究で小さなものを研究対象にしていたので、今度はもっとスケールの大きなことをやりたくなってしまったんですね(笑)。
 みなさんも山間をドライブした時、美しく水をたたえたダムを見かけた経験があろうかと思います。よく見ると、そのダムのちょうど上の部分には、非常放水用の大きな水門が設置されているんです。ダムは下流域に住んでおられる人々の生活と安全に直結していますから、安全性を重視して設計されています。ところが、日本の和知(わち)という所にある和知ダムの水門が1967年(昭和42年)、試験運転中に突然壊れたんです。昭和42年というと私がちょうど大学の2年生の頃でした。私がドクターへ行く頃にも、まだその原因は特定されていませんでした。
 そこで、水門に関連した研究してみないか、とアドバイスを受けたんです。対象が大きいでしょ。規模の大きなものの研究に憧れていた時期でもあり、もう、すぐに飛びつきました(笑)。で、水門の研究に入り、現在の2つめのテーマである「大型水門の研究」を手がけるようになったのです。

■数奇な運命を辿る「巨大水門・振動現象の研究」
 水門はみなさん、大きいな、綺麗だなということで眺めているだけだと思うんですが、放水する時の流体の力というのは巨大なんですね。その巨大な流体力が原因してたまに振動を起こすことがあります。その振動が、先ほど話にも出ました和知ダムの事故にも関係していたのではないかと、当時から指摘されました。でも、はっきりとした確証は得られてないままでした。それで私はドクターコースでこの研究に没頭しました。すると、理論で解析しましても、実験を行っても、見事に水門で振動が起きること、その振動も自励振動と言いまして、外力を加えて無くても独りでに振動する現象がはっきり確認されたんです。朝日新聞の全国版にも掲載されたりもしましたね。
 ところが、ダムの建設に関連する企業さんとしては、振動が起こっていることが表面化するのを非常に嫌がるんですね。それはある意味で当然で、振動がおこるとなると、補強したり、振動対策のために、莫大な費用が必要になるわけです。それで「研究は研究だけれども、それはそれで評価するけれども、実際にそれが起こるか信じがたい」ということで、私の研究に対して猛烈な反発があったんです。それから私の苦労が始まったんですよ(笑)。結果的には、このテーマの研究をストップせざるをえなくなりました。それで違うタイプのテーマに移行して、いろいろ水門についての研究を続けていたんです。
 そうこうしていると、和知ダムで事故が起こってから28年後の1995年(平成7年)。アメリカのカリフォルニア州のフォルソンという小さな田舎町にある巨大なゲートが放水開始時に突然、崩壊したんです。これは世界に報道され、それが私の所にも伝わってきたんです。その時の写真を見ましたら、私が研究をやっているゲートそのものだったんですね。おまけに新聞の報道では振動が原因で壊れたと書いていたんです。
「ああ、この事故こそ、私が研究してきたテーマそのものだ」と当時、新聞の記事をみて非常に興奮しましたね。すぐにアメリカの政府に連絡を取りました。事故調査に加わりたいという申し出をして、学生たちと共にアメリカへ渡り、事故調査を行いました。そして理論的な解析から、モデルによる解析、現場での実験など、いろいろ多角的に原因を究明した結果、ああいう巨大な水門が水の力で現実に振動しうるのだという結論に達したのです。この事故原因の究明により、連邦内務省開拓局から特別表彰状も授与され、アメリカのテレビでも報道されました。現在も、巨大な水門の振動がなぜ起こるのか、それをつきつめて絶対壊れない安全な水門の設計指針を確立しようというテーマで学生たちと研究を続けています。

■異なる2大テーマを探求した結果…
 巨大水門の研究をやりながら、企業さんと連携したスクロール圧縮機の研究もずっと平行して継続していました。水門の研究と圧縮機の研究とは本質的に違うテーマなんですね。振動ということで関連はなくもないですが、一方は流体関連、もう一方は流体に直接的に関係しないということで、独立した研究テーマなんです。大学での研究テーマは、ひとりの研究者で大きいテーマひとつ、というのが平均的な現状のようですので、ボクは今まで人の2倍、仕事して来たことになります。実際、普通ならどちらか一方で十分なんです。でも、ぼくの場合は学生時代から欲張ってしまいましたからね(笑)、2つのテーマを持つことになってしまいました。
 おかげでものすごいハードに研究を続けることになりました。そんな生活が原因したのか、7年ほど前にとうとう病気になってしまいました。胃ガンです。幸いにも気づくのが早くて、早期発見ということで胃の3分の2ぐらいを切除しただけで、なんとか生還することができ、研究にも復帰できました。病院のベッドの上では、2つのテーマを精力的に研究したので病気にもなったのかなあ、と少なからず後悔していたハズなんですけど(笑)、今じゃ、やっぱり、また、2つの研究をハードに続けている毎日です(笑)。



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高性能、低振動、低騒音の超小型スクロール圧縮機を実現する

 では、あらためて一つ目のテーマである「スクロール圧縮機」について、もう少し詳しく説明することにしましょう。ここに実際の圧縮機の断面があります。中心部に圧縮機部分がありまして、冷媒(かつてはフロンを使い、現在ではHFCと呼ばれる物質)を圧縮します。初期の段階では、そのメカの部分は自動車のエンジンと同じで、レシプロ型だったんですね。いわゆるピストン運動を行う機構です。当然、振動が大きすぎました。そこで次にロータリー型のメカに変わり、かなり騒音や振動が低減されました。しかし市場は、もっと振動の少ない、騒音の小さい、性能の良い圧縮機を要求したのです。それでこの模型のような「スクロール圧縮機」を開発する必要に迫られたわけです。
 スクロール圧縮機というのは、渦巻き曲線が二つかみ合ったような形をしています。何がおおもとになっているかというと、みなさんの家庭にもある「蚊取り線香」なんですね(笑)。ここに蚊取り線香があります。箱から取り出した段階では、二つの蚊取り線香がぴったり合わさっていますね。これだと圧縮機にならないので、蚊取り線香の幅を少し削って細くして重ねると、空間ができてきます。この蚊取り線香の片一方を固定して、もうひとつを旋回させると、その空間を次第に狭くするような動きが実現できます。これがスクロール圧縮機の基本的な機構です。
 つまり、蚊取り線香のような形状の2個の歯形を180度ずらして組み合わせ、その2個の歯形の間に三日月状の圧縮室をつくります。そうして一つの歯形(固定スクロール)は動かさないで固定しておき、その中心のまわりにもう一つの歯形(旋回スクロール)を旋回させます。すると、この動きに従って三日月状の圧縮室は外周部から中心部へと次第に移動してきて、その動きにつれて容積が減少します。すると圧縮室にあったガスは圧縮されるわけです。最後に、圧縮されたガスは中心部の吐出し口から出ていくという仕組みです。

■スクロール圧縮機の特性
 こうした圧縮機ですと、騒音や振動がすごく低減されます。遠心力のバランスも非常に良いモノができます。本質的にこうした特性をもっているんですが、さらに大切になるのは電気代が少なくてすむ、性能の良い圧縮機にすることが求められるケースです。それを実現するために、どういうふうなことをやるかですね。少し難しくなりますが、蚊取り線香というのは糸巻きのスプールに糸を巻き付けて、その巻き付けた糸をほどいた時に糸の先端が書いてくれる曲線なんです。伸開というんですけど、外に広がっていく早さはこの糸巻きのスプールの大きさによって決まるんです。これを小さくしますと、外側で取り込む空間の面積が細くなります。逆に2mmのものを、わずかに3.5mmぐらいにしただけで、ものすごく早く伸開して行くんです。そうすると外側で出来る空間がものすごく大きくなります。ある能力の圧縮機を作ろうと思ったら、それに見合うだけの容積を用意しなければなりません。三日月型の圧縮室の面積に奥行き(高さ)を掛けると容積になりますから、面積が小さい場合は、奥行き(高さ)を大きいものにしないといけません。一方、外で閉じこめる面積が大きいと、同じ容積にする場合、高さが小さくてすみます。
 ですから、圧縮する容積が同じとしても、閉じ込む面積が極端に違ったり、高さが違ったりします。さらに圧縮する容積が変わるとすれば…。設計段階では、目標にする最終的な性能をにらみながら、どれほど複雑な要素を考慮しなければならないかが少しは想像していただけると思います。

■コンピュータシミュレーション技術
 いかに電気代のかからない圧縮を開発するか、という目標を達成させるために新しい圧縮機を設計するとします。その際にもっとも大きな要素となるのが、摩擦によるロス。これが電気代を安くするための最大要因です。その次には、ガス漏れの量。圧縮機には機密性が必要ですが、あまりメカとメカを密着させるとそこで焼き付きます。そこで、ある程度の隙間をもうけるんですが、その隙間から圧縮しているガスが漏れてしまいます。そうすると効率が落ち、ひいては電気代がかかってしまいます。じゃあ、問題はどういう形にすれば一番性能がよくなるかということになりますね。さまざまな形状やサイズを設計して、それをコンピュータで分析したり、そのデータに基づき実験を行ったりして、研究を進めているわけです。私が手に持っているのは家庭にある4〜8畳ぐらいの部屋を冷やすためのコンプレッサーですが、冷蔵庫の場合は狭いボックスですから、もっと小さいもので十分です。
 小さい圧縮機を作ろうとすればするほど、設計を慎重にしないと、ちゃんとした性能がでません。特にこういう最適設計の手法をコンピュータでシミュレーションするようにできるようにしておかないと、多様なケースに柔軟に対応することはできません。私たちの研究室では、そのシミュレーション手法や圧縮機の性能評価法などについて、世界的なレベルで実現しているわけです。
 現在、通産省は各企業に対してトップランナー方式というものを打ち出していますね。つまり、一番いいものを作る企業しか世の中にはいらないよと。他の企業はいらない、トップだけが欲しいんだという。そういうキャッチフレーズで企業にものすごいプレッシャーをかけているんですね。そうしていきますと、一番性能のいいもの、つまり、一番静かで、一番振動が少なく、一番電気を食わないものを作る必要があるわけです。こうした際に、コンピュータでシミュレーションされる「最適設計」の手法がより一層、大切になるわけです。これからの時代、ますます必要とされるでしょう。もっと最適設計が大切になり、私たちの基礎的な研究成果もよりいっそう生かされてくるものと考えています。

■スクロール圧縮機の製品化
 スクロールというのは形状が渦巻きです。だから、実験や解析でその形をじっと見ていると目が回ってくるんですけど(笑)、とにかくものすごくいい性能を出すんです。ただ、私たちが最終的な製品を作るわけではありません。解析して、こんなにいい性能が出ますよということをレポートする。私がスクロール圧縮機の研究を始めたのは、昭和50〜60年頃で、今からもう15年ぐらい前のことです。そのころ、関西巨大メーカーさん以外では、スクロール圧縮機はものにならんだろうと静観していたのが実状でした。
 スクロール圧縮機のアイディアそのものは1960年代頃に生まれていたんですが、パテントは15年で切れるという追い風もあったんでしょうが、実際に製品にまで加工して仕上げることは無理だということだったようです。その技術やコストを考えると、現実にはできんやろう、と誰も手掛けなかったんですね。もちろん、その当時、市場のニーズもそんなに静かで性能のよいものを要求していなかったということもいえますね。ところが近年になって、静かで性能のよいものが要求されはじめ、やはり、ロータリではまだ不十分だということでスクロール圧縮機が注目されたわけです。
 ただ、私は基礎研究をやっていましたが、やる、やらないは企業さんにゆだねられるんですね。企業さんの方が市場からの要求によって将来、どんな圧縮機を開発しないといけないかを考えておられて、私の方からこういうデータを出していて、これは素晴らしいもんだ、ではやろう、ということで始まったんです。実際に私たちのレポートに応ずるかのような格好で全社あげて企業さんが作ってくれました。コンピュータでシミュレーションした通りの素晴らしい性能が出ている。そして、他に先駆けてスクロール圧縮機を内蔵したエアコンが実際に製品となり発売され、その製品となったものを日本中、世界中のいろんな人に使ってもらえる…。これは感動ですよね。
■『常識』を見つめ直す姿勢
 スクロール圧縮機は、振動が少なくて静粛だということは当時からわかりきったことだったんです。だから、スクロールでの理論解析やコンピュータでのシミュレーションなどする必要さえ感じなかったんですね。それぐらい素晴らしいものだとわかっていた。だから、誰もどのぐらいの振動がおこるか、どのぐらい静かなのかなどについて調べる必要さえ考えなかった。

 ところが僕はその時考えたのは、振動がなくて静かなんだったら、どのぐらい振動が少なくて、どれだけ静かなのかをシミュレーションして計算できるようにしておかないといけないと思い立ったんですね。それで研究を始めてそうしたシミュレーションも可能になったわけです。その知識が今になって大切になってきています。スクロールがいいのは認知されてわぁーと人が集まってきた。ところが一言にスクロールといっても、いろんな形状が考えられるんですね。いろんな形状について常に振動が少ないかというと、やはり、いろいろ振動も変わってくる。そこでこういう形状にしたら振動がどのぐらいになるか、摩擦の要素はどうなるかをやっぱり、シミュレーションできるようにしておかないと最適設計ができなかった。
 研究を始めた当初は、そんなことやらなくても素晴らしい機械だからやることなんかない、という雰囲気でしたね。でも私はそういう観点に立っていましたから、現在では他の研究者のみなさんより少しだけちょっと一歩先に出て行けたと思っています。こういう性能の解析の面では世界的にも中心的なポジションで研究をやらせてもらっている状況だといえますね。そして、私の夢である「小さく性能のよい、超小型のスクロール圧縮機の開発」の実現に向けてさらにステップアップしたいと考えています。



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テンタゲート(巨大水門)の振動の秘密に迫る!

■現地調査で膨大なデータを収集
 フォルソンの事故が1995年にあったと先ほど触れましたが、私はアメリカに渡り、事故調査に参加してきました。いろんな種類の調査を行ったのですが、その調査では、10kgほどの軽いハンマーで、総重量100トンもある巨大なゲートをたたいたりもします。たたいたときに音が出て、ゲートがごくわずかに揺れます。これを測定するのです。特に振動については、大きなゲートの300点ぐらいで測定しました。そのデータを日本に持ち帰り、コンピュータに計算させた結果、巨大なゲートがどんなモード(型)で揺れるのかが、解明できるようになったのです。
 私たちはまず、アメリカで壊れたゲートについて調査を実施しましたが、日本でもいろんなゲートがありますので、同じような手法で調査を継続しています。こういうタイプのゲートだとこういう振動を起こしますよ、その周波数はこれこれですよ、ということを調べているのです。

■データをベースに進める理論解析とモデルによる実験
 こうして調べたデータを整理して、今度はそれらをベースに、本当に独りでに水門が振動するということが起こりうるか、という研究に入っていきます。具体的にはまず理論解析をやります。高校生諸君が受験勉強で学んだ基本的な数学もいっぱい活躍しますよ。
 さらに、理論解析だけでは世の中の人は信用してくれませんから(笑)、実験を行います。その場合、大きい水門で実験をやることは非常に難しいですから、まず、小型のモデルを作って実験を行います。ここにそのモデルがあります。アメリカはこういうモデルは専門のスタッフがやってくれるんです。ところが日本ではそんなん作ってくれる専門のスタッフを用意している大学はどこにもありませんね。だから、学生たちが工作機械を駆使して作るんです。しかも、ウチの研究室の学生たちは、素晴らしいものを作ってくれるんですよ。学生がね、びっくりするような精巧なモデルを作るんですね。で、現場で測定してきてこういう振動が起こるぞ、ということがわかっていますから、その振動を小さいモデルで再現してやる実験を行うわけです。実際に水を流してやって、ひとりでに振動をするかどうかを確かめるわけですね。また、確かめるだけでなく、現実にそうした振動が再現できているわけですから、その特性はどうなのかということを細かく計測します。その結果を再度、理論解析の結果と照合して確かめるわけです。

■実物の水門での照合
 さらにモデルで確かめてもそれは現物の30分の1のスケールの小型モデルです。現実にはそれの30倍もの大きさをもっているわけですよね。30倍もの大きさのものが本当に振動するのかということが問題点になってきます。じゃあ、それを確かめようということになります。日本全国でもテンタゲートの数だけでも3000弱もあります。人知れず山の中でそういうゲートが働いているんですね。で、企業さんにお願いして、振動が起こりそうなゲートに着目して振動の試験をさせてもらうわけです。その試験はフォルソンでの事故調査で行った方法と同じで、ハンマーでゲートたたいて、その応答をみて、どういうモードで振動するかを調べるのです。フォルソンと同じような振動モードかどうかを確かめて行くわけです。さらに今度は実際に水を流して振動を起こすかどうかをチェックしていくわけですね。なおかつその実物に対して理論解析をして照合して行くわけです。
 このようにフォルソンの事故の調査、モデル実験、理論解析、現実のたくさんつかわれているゲートは本当に大丈夫なんだろうか、実際にはどうなっているだろうか、という研究を行っています。
■巨大水門崩壊の謎との苦闘
 「100トンもあるフォルソンの水門が壊れたメカニズムを解明できた」と一言でいいましたが、実際には言葉にできないくらいの苦難の連続でした。なにぶん100トンもあるような巨大な構造物なんですね。あんな大きなゲートをハンマーで約300点で測定すると言いましたが、1点あたり3回の測定をします。失敗なども含めると1000回くらいハンマーでたたいて、同時に測定を行ったんですね。それも大きなゲートですから、こちらで振動を計って、さらにそのずっと向こうでも振動を計る。測定のためのケーブルも30mぐらいのものをあっちへこっちへ…。作業だけでも大変なものでした。壊れたゲートの横で寝ながら考えていた(!?)こともありましたね(笑)。
 おまけに、収集したデータを解析しても、原因が見えてこない。本当にゲートは振動したのか、それはどういうメカニズムで、どういう理由で、どういう物理的・力学的な背景で振動を引き起こしうるのかを見つけることはたいへんでした。それでもう寝ずに考え抜きました。それでも、なかなか解らなかった。

 ところが学生がモデルを作って実験をやってくれたんです。そうすると見事に揺れるんですね。その時、揺れるような状況というのは、私が過去の研究から設定していたんですけど、揺れるのは当たり前といえば当たり前だったんですけど、私が揺れないと思っていた状況でも揺れる、ということを学生が見つけてくれた。それで私、巨大水門崩壊につながる振動のメカニズムを思いついた。で、それで理論解析するとそれをちゃんと説明できるような解がでました。これには感動しましたね。やっぱり私たちの研究室を支えてくれているのは学生たち自身だな、この研究室が一丸となって作り上げているチームとしてのパワーを感じましたね。
 今は現実に日本でも振動を起こしそうなゲートがありそうなんですね。深刻な話になりそうなんですが、振動を引き起こしたからといってもすぐにフォルソンのように壊れるというものでもありません。ある振動で落ち着くんですね。ただ、怖いのはその状態で放置しておくと、長年使っているうちに、疲労破壊を起こすんです。疲労破壊とは、針金などを、何度も曲げているとポキッと折れる金属疲労のようなものです。そういった現象がゲートでも起きかねない。だから、振動が起こったから即、危険だというわけでもありませんが、長年繰り返されると破壊につながるという、非常に危険な現象です。ですから、そういうゲートを事故が起こる前に見つけておく必要があります。日本でもそういう危険なゲートがあります。現在、学生の協力を得まして、実験しまして、いまだんだん、理論とよくあうというのが明らかになりつつある最終段階にあります。



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MESSAGE
人と人との人間関係を大切にしながら
遊びと研究、その両方にのめり込む情熱を胸に
科学技術に携わる者の使命感と責任感を感じたいですね

■本質を理解すれば受験勉強も役に立つ!
 私の体験からの話になりますが、ま、これはだいぶ前の話ですけどね(笑)。受験勉強は苦しいですけど、今になって振り返えってみれば、そこで身につけたものはものすごく役に立つと思います。なぜかというと、受験勉強で数学にしろ物理にしても、あらゆる科目で基本的なところを勉強しているんですね。それが将来、20年後30年後必ず生きてくるみたいです。ただですね、大切なことは、何にしても丸暗記しているとダメです。やはり、理解するということが大切です。だから常に学ぼうとしていることに対して疑問を持って、丸暗記するんじゃなくてね、疑問が出てきたら先生に問いかけて、頑張る。そうするとホントに本質から理解できるはずです。是非、そういう受験勉強して欲しいですね。そうすると、受験地獄と言われますが、受験で勉強した基本的なことは、みなさんが将来何をやるにしても必ず役立ちます。それは今、強く思っていることですね。私もいろんなことやっていますが、受験勉強時代にやったこと、もちろんその延長線上で大学でも基本的なことを学ぶわけですが、それらはものすごく役に立っていると実感しています。だから、受験生のみなさんも受験地獄ということで悲観的になるんじゃなくて、将来に役立ついろんなこと、基本的なことを身につけているんだと言うことで、是非、丸暗記するんじゃなくて、その本質を理解するようなかたちで勉強していって欲しいですね。それは具体的に言えば、常にやっていることに疑問をもってそれを先生に投げかける。対話形式でやっていくことが本質の理解です。そう言う風に受け止めて頑張ってやってください。そうしたら必ず将来に対して生きてくるはずです。私の経験から申し上げられることです。

■のめり込む情熱と、人と人との礼儀礼節が大切
 学生に対していつも「何に対してでもいいから、のめり込むということが大切だよ」と言っています。ただ、いつも勉強とか勉強だけにのめり込んでいるとそれだけで精神的にパンクしてしまいますから、どっかで抜かなくてはいけません。ぼくのモットーとしているのは、遊ぶことと研究と、両方にのめり込んで、どちらも精一杯やればいいと思うんです。遊ぶのにのめり込んでいれば、そのうち研究したくなりますわ。研究室で遊ぶわけにいかんですから、海や山など野外に出て遊ぶでしょ。そういうところで一生懸命遊んでいたり、ポケーとしていたりすると、なぜだか勉強や仕事をしたくなるもんですわ。それで研究に入りますと、遊んだ後はよく仕事が進むんですね。ところが、それをずっとやっていると、また、イヤになり、パンクしそうになる(笑)。だから、遊ぶこと、勉強すること、いずれも両立させるようなかたちで、何をやるにしても、のめり込んで一生懸命やることが大切だと思いますね。
 その次に大切なことは、我々は人間世界で生きているから、人と人との人間関係が大切みたいだよと。それはひいては個人個人の能力の足らないところをも補ってくれる場合があるよ。ですから、人と人との関係を大切にしようと。つまり、礼儀礼節ですね。そういうことをかなり長期間かけて指導しています。おかげさまで企業の担当の方から、「石井先生ところの学生みたいに礼儀正しくてちゃんと応対できる学生さんは他にはいませんよ」と言っていただけますね。どうもそれがものすごく大切な気がします。これが私のモットーと言ってもいいかもしれません。

■科学技術分野の研究者がもつべき使命と責任
 寺田寅彦先生がものすごく立派な言葉を記されています。「災害は人為的であるために技術で根絶できるように思えるが、人為的であるがゆえに不可抗的である、といえないか」。だから、「天災は忘れた頃にやってくる」と同じように、「災害も忘れた頃にやってくる」。
 実にそうでしてね。アメリカのフォルソンで巨大水門が壊れたのが1995年です。偶然にも、同じ1995年に日本では原子炉「もんじゅ」の温度計さやからナトリウム漏れを起こすという大事故が起きましたね。温度計のさやが壊れたのもカルマン渦との共振が原因と言われ、振動が関連しています。昔から研究し尽くされ尽くされている分野だったはずです。研究しつくされている事でも、人間はつい油断してしまう。「人為的であるがゆえに」ということは、人間は怠慢であるということを言っているのですね。で、さっきのね、「災害は人為的であるために技術で根絶できる」というのは、これは技術的なミスということです。技術的なミスは人間が努力すればクリアできるんじゃないかというんですが、ところがところが。人間はついつい怠慢になる、傲慢になる。だから『災害』は避けられないんだ、というわけです。
 しかも、現実に起きているみたいなんですよ。例えば「もんじゅのナトリウム漏れ事故」ですね。たまたま、1995年に壊れたフォルソンのゲート。日本で壊れたのが1967年で28年前です。20年も前に事故が起きている。で、ボクが研究している。ところがなかなか社会に認められなくてボクは研究を中断せざるをえなくなったわけですね。その当時、すでに振動が関与した可能性があるということは、当時の事故調査委員長である京大の防災研の矢野先生が言われましたし、ちゃんとした公的な文書もある。ところがみなさん、怠慢にそういったことを徹底的に究明しないでおいていた。だから28年後にアメリカで巨大なゲートが壊れた、とも言えますね。
 一番大切なことは、「災害は忘れたころにやってくる」という警鐘にあるように思います。科学技術は21世紀にもこれまでと変わらず、人類の社会や生活を支える中心的な役割を果たすことでしょう。だから、やはり、私たちはそういった事故を、例え希にしか起こらないことであってもその原因を徹底的に究明して、将来的に再び起こらないようにしなければならない、そうした謙虚な姿勢こそが私たち、科学技術に関わる研究に携わる者たちの使命であり、社会的な責任だと受け止めています。









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